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名人のおもかげ資料 七世豊竹時太夫

使われた音源 (管理人加筆分)
ニッポノホン 天網島時雨炬燵 紙冶の段 七世豊竹時太夫 三世鶴沢燕四

     

放送記録         

438回 昭和27年9月18日 解説:安原(仙三)豊竹時太夫の「紙冶」

         

(時太夫)
 豊竹時太夫は 本名を松本政次郎と言って 文久二年二月十八日 兵庫縣伊丹で生れた。
 明治十年、十六才の時、五世鶴沢寛治の門に入って、鶴沢寛八と言ってゐたが 明治二十二年 二世竹本長尾太夫の門に入って、竹本高尾太夫となって太夫になった。明治二十六年 長尾太夫の死に依り、二世竹本越路太夫、後の摂津大掾の門に入って、明治三十六年四月、七世竹本時太夫を襲名した。

 七世豊竹時太夫は 摂津大掾の門弟ではあるが、元々は、二世竹本長尾太夫の弟子であったので初めから大掾の弟子と言ふ訳ではない。尤もその前は鶴沢寛八と言って、五世鶴沢寛治の門弟で、三味線ひきであったが、声が大変好かったので 太夫に転向した。長尾太夫の門弟になった時、高尾太夫と言ってゐたが、長尾太夫が明治二十六年になくなってから、摂津大掾に入門したので、丁度、三世竹本南部太夫と同じ路を辿ってゐる。そんな関係で、晩年は大掾の語り方を大変よく受け継いでゐる。
大体大掾物がよくて「安達三段目」「新口村」「日蓮記」「十種香」「先代萩」「市若初陣」それからこの「紙冶」など得意。明治十年この道へ入ってゐるので、顔から言ふと、三世越路太夫と同位置位になる太夫であるが、晩年は、文楽も引退していたし、其他の理由もあり、昭和八年の因会の顔付では、第一が三世竹本津太夫、第二が六世竹本土佐太夫、第三が、この七世豊竹時太夫となってゐる。元来、腹の強い太夫で、仲々好い声であった。
「安達原三段目」の中頃、貞任の中納言言教氏、謙杖館から立出でようとすると、急に館の中が騒がしくなり、「太鼓の音のかまびすし」と声を振る処があるが、これが師匠の五世鶴沢寛治が大きな声でブル\/\/と声を震はせて大きく語る型として居てこれが大変好かった。が これは腹が強くないと仲々語れないもので、それをこれも同じく寛治の門弟で、この時太夫をひいてゐた先代の二世寛治郎が、時太夫に「あんたもあれをやんなはれ」と注文をつけた。時太夫は、「よしや」と言って引き受けたものの、これが仲々巧く出来ない。苦心惨憺してやっと出来る様になったので、舞台でこれをやると これが大当りとなり 大評判になったと言ふ様なことがあった。又一寸ズボラの様なところもあり、名古屋で素浄瑠璃に出てゐた頃の話で、明治四十二、三年頃かと思はれるが、昼間余り遊び過ぎて 肝腎の舞台へ出た時にはフラ\/になってゐた。此の日の出し物は「明鳥」であったが、オクリの「座敷も静かになる」から一寸変で、寛治郎も「ハハア時さん、又持て過ぎたナ」と思ってゐると、その次の「雪はまだ」を語ったまま、次の「残りて寒き」へ進まない、オヤと思ってゐると時太夫は「お早う、もう行けん、さよなら」と言って舞台を下りて了ったと言ふ様な珍談も残してゐる。もう一つの笑ひ話「長局」奥庭で、岩藤の詞「何尾上殿は死なしやったか」を「何岩藤殿は死なしやったか」と語り、床を下りてから「オウ、そんな事を語ったか」と大笑いになったと言ふ様な話もある。男振りは特に好かったと言ふではないが、仲々女にもてていた様で、古い方なら「あの時さんか」と思ひ出される方も多いと思ふが、その道にかけては沢山な面白い話もある。(安原)

(紙冶)

 七世時太夫の「紙冶の炬燵」三味線は 六世鶴沢才冶、駒太夫を弾いてゐた、ちんばの才冶で此のレコードを入れた頃は、三世鶴沢燕四、録音は、大正八年頃。
( すぐに佛なり... ...私が憎うござんすえ)
 只今の「おさん」の「ん」に時太夫独特のの節がある。時太夫のレコードには此の外、「十種香」や「百度平住家」があり、何れも仲々器用に語ってゐる。此の次の「鬼が住むか、蛇が住むか」などにも時太夫節があり、「憎ましやんすが、マ嘘かいな」なども巧いものだ。
( マアこれいノコレ... ...小春めがこと心にのこらねど)
特にどこと言ふところがない様であって、それで聞いてゐてたのしいと言ふ感じがする。芸の力は仲々大したものだ。此の次あたり時太夫の腹の強さを見せるところが随所に出てゐる。
( 問屋中の附合にも... ...色かえぬ)
只今の「立って箪笥の」や「明けて取り出す」など聞いてゐて得心させる処がある。
次の「浅紫の糸目ゆい」以下のノリ地も面白く聞ける。それから「必ず案じて下さんすなえ」の次に一寸妙な間があるが、これはロクオンの時の過ちで、時太夫はここで切るつもりであったのを、技師の方で「まだ時間があるから続けて呉れ」と合図でもしたのだろう。それでつづけたために此の様な間が出来たのだと思ふ。
( 浅紫の糸目結い... ...眞実の味)
(安原)