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昭和初期

     

 幾つかの観点から、昭和(戦前期)の動向を見てみたい。先ず大きな時代のフレームから俯瞰するなら、一次大戦によって国際的な市場との結合と好景気に伴い、大正期より国際文化交流と輸入・翻訳文化の大衆化が続く時期であった。しかし、すぐに金融恐慌と次の軍国主義の台頭が始まると人や文化は時代の流れに翻弄されていく。もちろん昭和期における伝統芸能の歴史はこれらに影響を受けながら進んでいくこととなる。


    
グローバルへの萌芽

仏詩人・劇作家 ポール・クローデル(Paul Claudel)は没後50年が経ったということで、再評価などもされているが、彼がフランス駐日大使で来日していたことは、人形浄瑠璃にとっても意味のあることであったと思う。クローデルは大正十年〜昭和ニ年の日本滞在中に御霊文楽座を訪れ、エッセイ等を記述している。以前に覚え書きでも触れたが、テキストはパリにて出版された「L'Oiseau noir dans le Soleil levant」(邦訳「朝日の中の黒い鳥」講談社学術文庫850など)のなかで見ることができる。また同時期に、日仏文化協会 関西日仏学館から人形浄瑠璃の仏文解説書も出版されている。「CONTRIBUTION A L'ETUDE DU THEATRE JAPONAIS DE POUPEES TSUNAO MIYAJIMA」(内容はクローデルのメッセージ、人形芝居の歴史、芝居における技巧や構造、演目の解説、写真図版など 昭和元年初版、昭和六年三版)これらは、欧州で得られる初期知識として十分な貢献ができたと考えられる。しかし、残念ながらクロ−デルの大使在任末期に彼の知る御霊文楽座は焼失してしまう(大正十五年十一月)。

四ツ橋文楽座竣成

     

昭和五年初春興行番付(上) 新文楽座開演(下左) ニ代目豊竹古靱太夫師(下右) 

大正十五年の御霊文楽座焼失後、道頓堀辨天座興行や巡業を余儀無くされたが、奇しくも元近松座跡に本拠地を構えることとなった。新文楽座の初舞台記念としてニ代古靱太夫により平家女護島ニ段目切 鬼界ケ島が四十年ぶりに復活。興行としても連日盛況であったようだ。写真版は浪花名物浄瑠璃雑誌 第二百八十六號 昭和四年十二月、及び第二百八十八號 昭和五年二月より 

元祖義太夫記念興行

竹本座創立二百五十年記念興行パンフ 昭和九年十月 道頓堀 浪花座にて

前々から松竹における営業企画として構想があったもので、非文楽系興行がなくなったことで実現したようだ。パンフ解説によると、元祖義太夫記念狂言として初演の世継曽我 曽我閑居の段を新節附(鶴澤道八作曲)では義太夫当時を偲ぶため太夫座を正面に据えた形態をとったらしい。

時代の潮目 軍国主義へ

時局物 三勇士名誉肉弾 興行チラシ 昭和七年四月 四ツ橋文楽座

満州事変が始まり、このあたりから少しずつ世の中の雲行きが怪しくなり始める。大陸にて現実に起こった英雄的な事件を題材に新聞社などが大々的に創作を募集したことが発端となり、芸能において時局物と呼ばれる新作が作られることとなった。過去に日清・日露戦時においても「黄海の戦」「バルチック艦隊」といった新作興行は行われたらしいが。

秋の文楽新作興行パンフ 昭和七年九月 四ツ橋文楽座 時局物 「其幻影血櫻日記」 上海戦秘話より

満州慰問興行

昭和十年七月〜八月 大連、鞍山、奉天、新京 入場料五圓 出し物 第一回は忠臣蔵道行掛合、酒屋・つばめ太夫、三番叟掛合、菅四・津太夫、三勇士掛合。 第二回は朝顔・小春太夫、先代・呂太夫、勧進帳掛合、合邦・津太夫、三勇士掛合。 ポスター写真は浪花名物浄瑠璃雑誌 第三百四十ニ號 昭和十年九月より

さらにこれ以降に日中戦争、太平洋戦争へと戦局が進むと堀江などの演舞場も閉鎖され根っこと言うべき周辺文化は疲弊していく。国粋主義と愛国意識の高揚という時勢から本体の文楽座は延命するが、昭和二十年三月には大阪空襲にて炎上、そして終戦を迎える。

時代を繋ぐ者 森下辰之助

邦楽同好会設立趣意書 浪花名物浄瑠璃雑誌 第三百十ニ號 昭和七年六月より

森下辰之助は日東蓄音器株式会社設立の中心メンバーであり、古靱太夫・清六や駒太夫・才治の義太夫一段物レコードを数多く残してくれた恩人として広く知られている。また昭和初期、大衆層に急速な洋楽や流行歌の浸透が起きたことによる純邦楽衰退の危機感から、レコード製作設備を持つ邦楽同好会を組織し昭和八年頃から邦楽発表会、レコード録音による競演会、レコード頒布など独自の活動も行った。さらに最後まで義太夫界にあってメンター的な役割を果たし(浄瑠璃雑誌の同人改組など)、時代の荒波の中で今日まで続く有形無形の文化財産を残している。  

参考『神戸新聞web news 特集 関西発 レコード120年(http://www.kobe-np.co.jp/tokushu/record/record-link.html)』

           

ほうがくレコード 邦楽同好会

時雨の炬燵 紙治内の段 四世鶴澤叶 昭和十年九月二十一日吹き込み

          

鶴澤叶レコード頒布会 邦楽同好会 

心中天網島 紙治内 四世鶴澤叶 義太夫さわり集 十枚組(百組限定)

              

松葉屋音譜頒布会レコード 邦楽同好会

忠臣義士伝 赤垣出立の段 七世豊澤広助 八枚組