竹本南部太夫(三代)
二代越路太夫の門下、明治32年4月に三代南部太夫襲名。大正11年4月没。発声高音部にのびがある、いわゆる美声家。摂津大掾の芸を真似ようとした忠実な弟子であった。レコードはニッポノホン、コロンビアから出されている。また、義太夫SPレコード集成ニットー編1の冊子には、第3表と51項にニットーから出しているような記述があるが、これは昭和になり松竹が売り出した四代南部である。
豊澤猿糸(四代)、のち六代 鶴澤友治郎(友次郎)
明治16年七代鶴澤三二入門、明治19年五代豊澤広助門、明治31年四代猿糸、明治45年六代友治郎(友次郎)となる。昭和26年10月没。正しい文章解釈に裏打ちされた義太夫を生かす三味線で紋下格の人。芸談は『文楽の鑑賞』に、また弟子の燕三が『文楽談義』のなかで触れている。レコードは昔から幅広く出しています。法善寺の津太夫、三代南部太夫、三代津太夫と『沼津』ほか、二代古靱太夫と『鮓屋』。