国文学史か、日本史のなかで竹本義太夫・近松門左衛門という名前と共に見たことがあるでしょうか? それとも既に劇場の文楽鑑賞で義太夫節をもう御存じでしょうか? 義太夫節は語り手・竹本義太夫と作者・近松門左衛門それにその後継者たちによって、操り芝居における音曲形式を兼ね備えた語り物として形成され、さらに操りの人形の技巧化の発達と同調して演劇性をも獲得した語り物の進化型なのです。その正統は、現在では唯一文楽において太夫・三味線・人形の三業による人形浄瑠璃として上演されています。また、義太夫節だけで素浄瑠璃として語られたり、多くのレコード・CDも出されています。少し過去に戻りますが、素人が素浄瑠璃を語るということはその昔に大変盛んで、近くは明治・大正・昭和初期にも庶民の嗜みの一つとして一大ブームになりました。それは、素義連中といういわゆる素人義太夫クラブが全国に多数組織され修練を積み、互いに競い合ったくらいなのです。そして、そんな義太夫に関して成熟した社会背景と明治以来の近代文学の進展と歩調を合わせて、文楽座や非文楽系の座で活躍した太夫・三味線弾きにより院本(原作台本)の近代的・理知的解釈や写実的な三味線の探究がなされ、結果として今日われわれが親しむ近代義太夫節というものが成立したと考えられます。それは構造的には、竪筋(世界)・横筋(趣向)を持つ江戸時代の語り物を、さらに決まり事・時代設定の枠組みの中で近代的な人間ドラマとして解釈するというものです。
近代義太夫の理念と従来の義太夫節技法を1つの完結した具体例で体現したのが二代豊竹古靭太夫(後の山城少掾)です。絶大な人気があり生涯を通して多くのレコードを出しています。芸の完成度の高さ故に現在も、多くの信奉者がいますし、その芸風を山城風と呼ぶ人もいます。また、近代義太夫節成立の黎明期には他にもすぐれた技量と個性を持った太夫・三味線弾きが活躍し、貴重なレコードを残しています。われわれ新しい世代にとってこれらの音源に親しむことは義太夫節文化を幅広く知るヒントになるのではないでしょうか。
参考: 国立劇場芸能鑑賞講座 文楽 国立劇場編集・発行、文化デジタルライブラリー
一般的な事ですが、演劇台本としての原作テキスト(岩波講座 歌舞伎・文楽10巻『今日の文楽』付録参考文献 飯島満著 の翻刻資料などに一覧あり)を通しで読むと、演目全体の世界、趣向、段の構造、各場における人物へのつながりやドラマ性が分かります。また、原作の解釈が、語り方と音楽面に投影されています。語りの技法には音価、間、抑揚、音遣い等があり、音楽面では詞、色、地といった要素の曲節からなります。さらに過去上演された座や上演した太夫の具体例や成功例が風という形で残っています。これらを総合的に参照できるテキスト教材をと祐田善雄氏が考案されたのが、『文楽浄瑠璃集』です。すべての演目を網羅しているわけではありませんので、欠けている演目については注釈などがついているその他のテキスト本で補います。また、感覚的なものですが、テキストに加えて場面で遣われている人形かしらの写真を見ながら音源を聞くと、より理解しやすいと京都市立芸大
後藤静夫教授の伝音セミナーでご教示を受けました。
次に興味があれば太夫や三味線弾きの個性や聞きどころに注目すると、鑑賞に深みができます。それには、芸談や評論が参考になります。それらの重要な部分を抄出した国立劇場上演資料集は演目毎にあって便利です。
文楽全体の解説については高木浩志氏の著作「文楽のすべて」「文楽入門」「文楽の芸」が、鑑賞者目線でくわしく書かれていて参考になります。私が初めて手にした解説本が「文楽のすべて」だったのは、幸運だったと思います。語りの面については、同じく高木氏による国立文楽劇場公演パンフレット中の「文楽・知識の泉」や「四代越路大夫の表現」それに太夫からの聞き書きを参照します。その他に、八世竹本綱大夫師の著作「でんでん虫」「芸談かたつむり」、「四世竹本津大夫芸話」、「文楽の鑑賞」、岩波文庫「浄瑠璃素人講釈」なども参考になりました。
音楽面については、専門的になりますが、井野辺潔氏の著作「義太夫節の音楽としての仕組(所収:国立劇場芸能鑑賞講座 文楽)」「浄瑠璃史考説」「日本の音楽と文楽」が分析的に書かれてあり、理系である自分には分かりやすかったです。相性の良い本を選ぶことも重要なことかもしれませんね。あとは自分の耳と感性を頼りに深く鑑賞してみてください。もちろん実演の鑑賞が第一で、一期一会の緊張感、臨場感、特に初日の劇場の席にいるときの高揚感などはたまらないです。
参考: 文楽のすべて 高木浩志著、日本の音楽と文楽 井野辺潔著
書籍や資料が必要な場合は(例えば、資料情報が『でんでん虫 竹本綱大夫著 布井書房 昭39』と分かっていれば)、先ず近くの図書館の蔵書から探します。都道府県毎の全域横断には、公立図書館へのリンク(日本図書館協会)から自分の都道府県を選び、次に都道府県図書館内から全域横断検索OPACを利用します。入力画面でタイトル・著者・キーワードをそれぞれうめるか、ヒットしない時は、どれか一つだけ入力して検索します。もし府内か相互契約している図書館で見つかれば、近くの公立図書館から閲覧・貸し出しを申し込むことができます。尚、資料情報があいまいな場合は、国立情報学研究所の横断検索(Webcat plus)の連想検索を使って確かな情報を調べることもできます。
都道府県内の公立図書館に希望の書籍がない場合は国立国会図書館蔵書検索(NDL-OPAC)
や国立情報学研究所の横断検索(CiNii Books)を利用します。国立国会図書館所蔵のときは近くの公立図書館から申請すれば、取り寄せて近くの公立図書館内でのみ閲覧できますし、複写サービスもあります。また、国立国会図書館のオンラインレファレンスサービスや電子図書館も充実したのでインターネットで手元PCから多様な利用法をすることもできます。国立情報学研究所の横断検索CiNii
Booksから大学図書館にあることが判明した場合は、事前に連絡して研究目的であることを申請すれば、その大学図書館内で閲覧できます。古書として入手したいなら、日本の古本屋で検索の入力画面でタイトル・著者・キーワードなどを入力して古書店の在庫を探します。
また、図書館には義太夫節音源のうちLP、CDやビデオDVDの所蔵もあります。現在、かなりの分量がCDで復刻されていますので、演目・演奏者をキーワードに入力してみてください。その他に国立国会図書館HPの歴史的音源ではSP盤音源を聞きことができます。大学図書館等の音源の場合、CiNii
Booksにもれているものがあれば、音楽図書館協議会MEMBERSのリンクから音大・芸大・音楽関連研究施設OPACを探してください。もちろんそれぞれ入館や閲覧には許可申請が必要です。
劇場関連施設では、関東では早稲田大学演劇博物館や国立劇場、関西では国立文楽劇場の閲覧室(国立劇場)に参考文献や音源資料がほとんど揃っています。