当サイトの内容に関連した略年表です。あくまでも確認用ですので歴史の詳細については、参考文献を参照ください。また、音源のレコードなどについても一部のみ記載しました。
参考: 岩波講座 歌舞伎・文楽 7巻〜10巻(岩波書店)、 文楽ハンドブック(三省堂)文楽の歴史年表、 文楽鑑賞モノグラフ(国立文楽劇場)文楽年表、 上方芸能152 特集文楽の今を見る眼−国立文楽劇場20周年、 岩波現代文庫 日本レコード文化史(岩波書店)巻末年表、 義太夫SPレコード集成ニットー編1(国立文楽劇場)、 新しい歴史(浜島書店)中学校社会科資料
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17世紀前半〜 | 人形浄瑠璃が盛んになる | |||
貞享元(1684) | 竹本義太夫 道頓堀に竹本座創設、世継曽我を上演 | |||
貞享2(1685) | 竹本座で近松門左衛門作の出世景清を上演 | 元禄文化が栄える | ||
元禄15(1702) | 赤穂浪士の討入 | |||
元禄16(1703) | 竹本座で近松作の曽根崎心中を上演 | 豊竹若太夫が独立して豊竹座を創設 | ||
宝永2(1705) | 竹本座で用明天王職人鑑の初演 | |||
宝永4(1707) | 宝永地震 | |||
宝永6(1709) | 正徳の治 | |||
正徳元(1711) | 冥途の飛脚を初演 | |||
正徳4(1714) | 竹本筑後掾(義太夫)没 | |||
正徳5(1715) | 国性爺合戦が大当たり | |||
享保元(1716) | 享保の改革が始まる | |||
享保5(1720) | 心中天の網島の初演 | |||
享保6(1721) | 女殺油地獄の初演 | |||
享保7(1722) | 心中宵庚申の初演 | |||
享保8(1723) | 心中物の脚本禁止 | |||
享保9(1724) | 近松門左衛門没 | |||
享保17(1732) | 享保の大飢饉 | |||
享保19(1734) | 竹本座で芦屋道満大内鑑初演、三人遣いが始まる | |||
寛保2(1742) | 紀海音没 | 公事方御定書の制定 | ||
延享元(1744) | 竹本播磨少掾(二世義太夫)没 | |||
延享2(1745) | 竹本座で夏祭浪花鑑の初演 | 豊竹越前少掾(若太夫)引退 | ||
延享3(1746) | 竹本座で菅原伝授手習鑑の初演 | |||
延享4(1747) | 竹本座で義経千本桜の初演 | 竹田出雲没 | ||
寛延元(1748) | 竹本座で仮名手本忠臣蔵の初演 | |||
寛延2(1749) | 竹本座で双蝶々曲輪日記、源平布引滝の初演 | |||
宝暦元(1751) |
竹本座で恋女房染分手綱の初演 豊竹座で一谷嫩軍記の初演 |
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宝暦6(1756) | 二世竹田出雲没 | |||
宝暦7(1757) | 豊竹座で祇園祭礼信仰記の初演 | |||
宝暦12(1762) | 竹本座で奥州安達原の初演 | |||
明和2(1765) | 豊竹座退転 | |||
明和4(1767) | 竹本座退転 | 田沼意次が御用人になる | ||
明和7(1770) | 神霊矢口渡の初演 | |||
明和8(1771) | 妹背山婦女庭訓の初演 | |||
安永元(1772) |
田沼意次が老中となる 洋学と国学の発達 |
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安永5(1776) | 桂川連理柵の初演 | 平賀源内エレキテルを完成 | ||
安永9(1780) | 新版歌祭文の初演 | |||
天明元(1781) | 初代鶴沢清七が三味線朱の考案 | |||
天明2(1782) | 加賀見山旧錦絵の初演 | 天明の大飢饉 | ||
天明3(1783) | 伊賀越道中双六の初演 | 近松半二没 | ||
天明5(1785) | 伽羅先代萩、近頃河原達引の初演 | |||
天明7(1787) | 寛政の改革が始まる | |||
天明8(1788) | 花上野誉碑の初演 | 落語、歌舞伎、川柳、狂歌が流行 | ||
寛政元(1789) | 木下蔭狭間合戦の初演 | |||
寛政6(1794) | 喜多川歌磨が美人画を描く | |||
寛政11(1799) | 絵本太功記の初演 | |||
19世紀初 | 初代植村文楽軒が大坂・高津新地に浄瑠璃小屋を開く (文楽座の源流) | |||
文化4(1807) | 八陣守護城初演 | 化政文化が栄える | ||
文化8(1811) | 二代文楽軒の芝居小屋が大坂・稲荷神社境内に移る | |||
文化・文政期 | 稲荷神社、座摩神社、御霊神社境内の宮地芝居が人形浄瑠璃興行の主流となる | |||
天保3(1832) | 初写朝顔話初演 | |||
天保4(1833) | 天保の大飢饉 | |||
天保8(1837) | 大塩平八郎の乱 | |||
天保12(1841) | 天保の改革が始まる | |||
天保13(1842) | 稲荷芝居の閉鎖 | 出版・風俗の取り締まり、宮地芝居が禁止 | ||
安政元(1854) | 三代竹本長門太夫の相三味線に二代豊澤団平が抜擢 |
日米和親条約 安政東海・南海地震 |
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安政3(1856) | 文楽軒の芝居が稲荷神社境内に復活 | |||
万延元年(1860) |
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桜田門外の変 | ||
元治元(1864) | 三代竹本長門太夫没 | 長州征伐 | ||
慶応3(1867) | 大政奉還、江戸幕府終わる | |||
明治元(1868) |
戊辰戦争 明治維新 |
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明治5(1872) | 大阪・松島に移り文楽座を名乗る(松島文楽座) |
新橋−横浜間に鉄道が開通、文明開化 歌舞伎で演劇改良運動、守田座移転 |
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明治10(1877) | 西南戦争 | |||
明治12(1879) | 琉球王朝終わる | |||
明治16(1883) | 文楽座で二代竹本越路太夫、二代豊澤団平、初代吉田玉造の三人紋下 | |||
明治17(1884) |
彦六座開場(非文楽系) 文楽座が御霊神社境内に移る(御霊文楽座の始まり) |
二代豊澤団平 彦六座に参加 | 近代小説のめばえ | |
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明治20(1887) | 彦六座で壺坂観音霊験記の上演 |
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二葉亭四迷 浮雲を口語体で著す(最初の近代小説) | |
明治26(1893) | 彦六座が解散 | |||
明治27(1894) | 稲荷座が開場(非文楽系) | 日清戦争がおこる | ||
明治29(1896) |
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明治三陸地震 | ||
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明治31(1898) | 稲荷座解散、明楽座が開場(非文楽系) | 二代豊澤団平没 | ||
明治33(1900) |
滝廉太郎「荒城の月」 近代文化の発展 |
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明治36(1903) | 明楽座が解散 |
二代越路太夫、竹本摂津大掾受領 三代竹本大隅太夫が文楽座に入座 |
天賞堂 出張録音盤 米コロンビア平円盤輸入 三光堂 出張録音盤 米コロンビア平円盤輸入 |
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明治37(1904) | 三光堂 出張録音盤 英グラモフォン平円盤発売 | 日露戦争がおこる | ||
明治38(1905) | 堀江座が開場(非文楽系) | 夏目漱石「我が輩は猫である」摂津大掾の評判を記す | ||
明治40(1907) | 大隅太夫が文楽座を退座して、堀江座の紋下になる | 日米蓄音機製造株式会社設立 | ||
明治41(1908) | 三光堂 出張録音盤 米ビクター盤輸入 | |||
明治42(1909) | 文楽座の経営が植村家から松竹合名会社に譲渡される | 二代豊竹古靱太夫襲名、三代鶴澤清六が相三味線になる | 日米蓄音機 発売 昇太夫 (千両幟など) | |
明治43(1910) |
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出張録音盤 摂津大掾・広助「十種香」 天賞堂 米コロンビア両面盤輸入 日蓄 大隅太夫・団平3(堀川、壺坂)南部太夫・猿糸(寺子屋) |
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明治44(1911) | 堀江座が閉場 | 三光堂 出張録音盤 独ライロホン 古靱太夫・清六3(壺坂) | ||
明治45 大正元(1912) |
近松座が開場(非文楽系) 七代竹本綱太夫没 |
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東洋蓄音器設立 | 明治天皇崩御 |
大正2(1913) |
竹本摂津大掾引退 三代竹本大隅太夫が巡業先台湾で没 |
日蓄 両面盤発売 | ||
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大正3(1914) | 東京蓄音器 第一回新譜 | 第一次世界大戦 | ||
大正4(1915) | 三代竹本越路太夫が文楽座の紋下 | |||
大正5(1916) | 近松座が閉場 | |||
大正6(1917) |
京都に竹豊座に開場(非文楽系) 竹本摂津大掾没 |
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大正デモクラシーがさかんになる 市民文化の成長 |
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大正8(1919) |
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日蓄、東洋蓄音器を併合 | ||
大正10(1921) | 竹豊座が閉場 | 日東蓄音器 第一回新譜 古靱太夫・清六3(寺子屋、御所桜三) | 生活の近代化がすすむ | |
大正11(1922) | 御霊文楽座で近松二百年記念興行 | 三代鶴澤清六没 | ||
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大正12(1923) | 京都新京極の中座が京都第二文楽座に改称 | 四代鶴澤清六が古靱太夫の相三味線となる |
日蓄 源太夫・勝市(笑い薬) 東亜蓄音器 ハト印レコード発売 |
関東大震災 |
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大正13(1924) |
三代竹本越路太夫、名庭弦阿弥没 三代竹本津太夫が文楽座の紋下 |
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大正14(1925) | 京都文楽座が閉場 |
ラジオ放送開始 合同蓄、アサヒ蓄、内外蓄、特許レコード創立 日東 駒太夫・才治(酒屋) 日蓄 土佐太夫・吉三郎(壺坂) |
文化の大衆化がすすむ 治安維持法の公布 |
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大正15 昭和元(1926) |
御霊文楽座焼失 |
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日東 長時間レコード発売 古靱太夫・清六4(熊谷陣屋) 浄瑠璃素人講釈(黒白) |
大正天皇崩御 |
昭和2(1927) | 道頓堀弁天座で仮興行 | 電気吹込み技術のポリドール、コロンビア、ビクター創立 | ||
昭和4(1929) |
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ニューヨーク株価暴落、世界恐慌 | ||
昭和5(1930) | 旧近松座を改築して、四ツ橋文楽座開場 |
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コロンビア 津太夫・友次郎(沼津など)、ビクター 古靱太夫・清六4 (合邦など) キングレコード設立 |
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昭和6(1931) |
国産トーキーの上演開始 タイへイ創立 ビクター 四代大隅太夫・道八 (源平布引滝) |
満州事変がおこる | ||
昭和7(1932) |
時局物、三勇士名誉肉弾の上演 近松座の残党が竹本座興行(〜12年) |
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上海事変がおこる 5・15事件がおこる |
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昭和8(1933) | 昭和三陸地震 | |||
昭和9(1934) | 道頓堀浪花座にて竹本座創立二百五十年記念興行 |
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ほうがく 古靱太夫・重造(良弁杉由来) ビクター つばめ太夫・仙糸(組討) |
文部省に思想局設置、思想統制が強化 |
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昭和11(1936) | 若手の太夫・三味線弾きが文楽座を脱退して新義座を結成(〜14年) | 2・26事件がおこる | ||
昭和12(1937) |
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キング 土佐太夫・吉兵衛(朝顔) | 日中戦争が始まる | |
昭和13(1938) | ダイヤモンド 織太夫・弥七 (逆櫓) | 国家総動員法の公布 | ||
昭和16(1941) | 六代竹本土佐太夫、三代竹本津太夫没 | 太平洋戦争開戦 | ||
昭和17(1942) | 二代豊竹古靱太夫が紋下 | ビクター 古靱太夫、道八ほか (寿式三番叟) | ||
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昭和20(1945) | 空襲で四ツ橋文楽座焼失 |
沖縄戦、東京・大阪大空襲、広島・長崎原爆投下、終戦 連合軍占領、GHQの検閲が始まる |
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昭和21(1946) | 四ツ橋文楽座再興 | |||
昭和22(1947) |
天覧 二代豊竹古靱太夫が豊竹山城少掾受領 |
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コロンビア 山城少掾・清六4 (道明寺など) | |
昭和23(1948) | 労働組合結成 | |||
昭和24(1949) | 文楽座分裂 三和会・因会 | アメリカ文化の流入 | ||
昭和25(1950) | NHKラジオ番組「名人のおもかげ」 | |||
昭和26(1951) | 民間ラジオ放送開始 | サンフランシスコ平和条約、占領時代の終了 | ||
昭和28(1953) |
邦楽LP盤の発売 NHKテレビ放送開始 |
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昭和29(1954) | 分裂していた両派が芸術祭で合同素浄瑠璃 | 文化の大衆化 | ||
昭和30(1955) | 曾根崎心中の復曲 | ?最後の義太夫SPレコード マーキュリー 若大夫・綱造 (山科閑居) | ||
昭和31(1956) |
道頓堀文楽座開場 赤毛物、お蝶夫人の上演 分裂していた両派が芸術祭で合同公演 |
文化の国際交流 | ||
昭和32(1957) |
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昭和34(1959) | 両派若手で嫩会を実施 | 豊竹山城少掾が引退 | 伊勢湾台風 | |
昭和35(1960) | カラーテレビの放送が始まる | |||
昭和38(1963) |
松竹が経営から外れ、両派が合同し文楽協会設立 道頓堀文楽座が朝日座と改称 |
テレビアニメ「鉄腕アトム」放映 | ||
昭和39(1964) |
東海道新幹線が開通 東京オリンピック開催 |
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昭和40(1965) | 文楽浄瑠璃集(岩波書店) | 一の糸(有吉佐和子) | ||
昭和41(1966) |
国立劇場開場 通し狂言を志向 協会初のアメリカ公演 |
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昭和42(1967) | 十代豊竹若大夫没、豊竹山城少掾没 | |||
昭和43(1968) | ヨーロッパ公演 | ラジカセ商品化 | ||
昭和44(1969) | 八代竹本綱大夫没 | NHKFM放送開始 | ||
昭和45(1970) | 大阪万博開催 | |||
昭和47(1972) |
オーストラリア公演 第一回文楽研修生養成事業 |
札幌冬期オリンピック開催 沖縄本土復帰 |
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昭和48(1973) |
アメリカ、カナダ公演 近松250年忌 |
石油危機で物価高騰 | ||
昭和49(1974) | ヨーロッパ公演 | 六代鶴沢寛治没 | ||
昭和51(1976) | 二代野沢喜左衛門、十代竹沢弥七没 | 家庭用VHS発売 | ||
昭和56(1981) |
ビクター LP集 至芸豊竹山城少掾 キングレコード LP集八世竹本綱大夫大全集 LD販売 |
カラオケが盛んになる | ||
昭和57(1982) | CD国内発売 | |||
昭和58(1983) | VHDビデオディスク発売 |
ファミコン発売 「おしん」放映 |
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昭和59(1984) |
朝日座閉場 国立文楽劇場開場 文楽の本拠地としての取り組み 第一回若手向上素浄瑠璃の会 |
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昭和60(1985) |
韓国公演 天神祭に文楽船復活 |
阪神タイガース日本一 | ||
昭和61(1986) | 第一回文楽親子劇場(東京) |
四世竹本津大夫芸話(白水社) 義太夫節の様式展開(アカデミアミュージック) |
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昭和62(1987) | 第一回原宿文楽 | 四代竹本津大夫没 | ||
昭和63(1988) |
台湾公演 アメリカ公演 |
青函トンネル、瀬戸大橋開通 | ||
昭和64 平成元(1989) |
ベルギー公演 | 四代竹本越路大夫引退 | NHK カセット集義太夫節の精華 竹本越路大夫 |
昭和天皇崩御 冷戦終結 |
平成2(1990) |
第一回義太夫SPレコード観賞会(国立文楽劇場) 第一回京阪文楽(守口) |
花博開催 バブル経済はじける |
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平成3(1991) |
ジャパンフェスティバル(イギリス)参加 酒蔵文楽 |
国立文楽劇場CD集義太夫SPレコード集成 ニットー編1 | 湾岸戦争 | |
平成4(1992) | じないまち文楽(富田林) | |||
平成6(1994) | 第一回十色会 | |||
平成7(1995) | 第一回内子座文楽(愛媛県内子町) | 阪神・淡路大震災 | ||
平成8(1996) | DVDソフト国内発売 | |||
平成9(1997) |
二世団平百周年忌 第一回文楽素浄瑠璃の会 |
パソコン・携帯電話が広まる | ||
平成10(1998) | グ−グル設立 | |||
平成11(1999) | デジタルデータ配信・交換技術の試み | |||
平成12(2000) | 第一回あべの文楽 | BSデジタル放送開始 | ||
平成13(2001) | 9.11 | |||
平成14(2002) | 四代竹本越路大夫没 | ビクターCD集義太夫選集竹本越路大夫 | FIFAワールドカップ日韓大会 | |
平成15(2003) |
国立劇場が独立行政法人化 人形浄瑠璃文楽 世界無形遺産宣言 |
四代越路大夫の表現(淡交社) 地上デジタル放送開始 |
イラク戦争 「千と千尋の神隠し」アカデミー賞受賞 |
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平成17(2005) | 公演に字幕を導入 | 日本でアップル、音楽配信開始 |
愛知万博開催 ユーチューブ設立 |
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